CLUB GORICA(クラブゴリツァ)

 

 

お知らせ

クラブ名の由来

CLUB GORICAの名前の由来を知っている方は、もしかしたら少ないかもしれません。

CLUB GORICA森山泰行代表のニックネーム「ゴリ」と掛けているというのもありますが、実はもうひとつの物語があるのです。

1998年、森山は当時所属していた名古屋グランパスエイト(現名古屋グランパス)との契約更改を突如辞退しました。ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)に移籍しましたが、怪我に泣き、わずか4ヶ月で退団。

前年日本代表に召集されるも、フランスW杯出場の夢は叶わなかった森山は、世界に挑戦する夢を実現するべく、アメリカでの単身武者修行の後、ヨーロッパに渡りました。

最初に契約してくれたチームに入団すると決め、オファーもないままスーツケースひとつで乗り込んだのは、W杯が閉会した直後のフランス。

その時最初に興味を持ってくれたのが、スロベニアのノバゴリツァという街に拠点を置くHIT GORICA(ヒットゴリツァ 現ND GORICA)でした。

http://www.nd-gorica.com/

すぐに入団が決まり、地元のファンからも受け入れられましたが、当時ブームに沸いていた華やかなJリーグに比べ、劣悪なグランドや20分の1になった給与の遅延など、これまでどれほど恵まれた環境にいたのか実感したと言います。

30歳目前であった森山が選んだのは背番号30。
今年50歳で現役復帰にチャレンジしているFCマルヤス岡崎での背番号は50。森山の決意が感じられます。
ヒットゴリツァ会長(当時)と。
スタジアム下のカフェは、ファンと選手の交流の場にもなっていました。

日本代表やベルマーレで戦友だった中田英寿氏がイタリアのペルージャに入団した、丁度同時期のことです。

翌年新たな環境を求めてブラジルに渡った森山でしたが、1年間の海外生活の後、サンフレッチェ広島でJリーグに復帰しています。

一度は全てをなげうって夢にかけた熱い想いを若い世代に伝えること。

海外でのプレーに挑戦し、W杯出場を実現する選手を育てたいという願い。

日本の枠にとらわれず、視野は常に世界へ。

そんな意味が込められた名前が

CLUB GORICA

なのです。